2.本願寺のご本尊は教義安心と無関係

本願寺さんの、弁解ならぬ弁解を見てみましょう。

「木像よりは絵像、絵像よりは名号」の真意
では、『聞書』で「木像よりは絵像、絵像よりは名号」と教えられた蓮如上人がなぜ、木像本尊を礼拝されたのか、という問題があります。これについて、『現代の教学問題・本尊について』では次のように考察しています。

この問題については、既に古今の学者が種々論考されるところである。しかし、先に見てきたように、他流の本尊安置の理由は、「往生極楽のこころざしあらむ人は、来迎引接の形像をつくりたてまつる」ところにあったことは明白である。
広く法然門下において親鸞教学の特質は、この臨終来迎の否定であり、現生正定聚の主張であったことは周知のことである。そして宗祖の臨終来迎否定、現生正定聚論の基盤は名号大行説にある。よって『蓮如上人御一代記聞書』の文は、形像を本尊として臨終来迎を願い求めることに対する安心の立場よりの訓誡であって、起行門における礼拝の対象を論じたものではないと伺うのが適切であろう。
(現代の教学問題・本尊について p103)

こんな発言を「墓穴を掘った」というのでしょう。

よく読んでみると、本願寺は、こう言っています。

『蓮如上人御一代記聞書』の文は、安心の立場よりの訓戒であって、起行門における礼拝の対象を論じたものではない。

安心の立場からの訓戒だから、礼拝の対象である本尊とは関係ない、ということです。つまり、

「本願寺の御本尊は、教義安心とは無関係」

ということなのでしょう。

びっくり仰天、本願寺の無安心ぶりは、ここでも明らかです。

それにしても、このことはすでに、親鸞会の『どちらがウソか』で指摘されているのですから、本願寺にしてみれば、隠蔽しておきたい失態であったにちがいありません。それなのに、教義安心に無頓着な者がブログまで造って、また衆目の前に晒してしまった。これが今回の「再考」ブログの構図でしょう。

ところで、その本願寺でも、機関紙「本願寺新報」に、反省の弁ともとれる「本尊論」を述べているので紹介しましょう。平成5年3月1日号。12年前です。 ズバリ「真宗ではなぜ名号を本尊とするのですか」という門徒の方の質問に、答えた欄です。

「浄土真宗は南無阿弥陀仏にはじまり、南無阿弥陀仏に終わる宗旨であるといってよい」
「一般に本尊といえば、形にあらわした形像本尊が中心、それ以外は考えられなかった。しかし、親鸞聖人は名号をもってご本尊にされた。この意義は大変大きなものがある」
「親鸞聖人が名号本尊にされたのは、み教えの本質にかかわる理由があった」
(武蔵野女子大講師、小平市・法善寺住職:山崎龍明氏)

「親鸞聖人が名号を本尊にされたのは、み教えの本質にかかわる理由があった。」

その通りです。

詳しくは「どちらがウソか」にありますので割愛しますが、一言で言えば、

「一実円満の真教真宗これなり」と断言されている「本願成就文」こそが、親鸞聖人の「名号本尊」の根拠なのです。

こう繰り返し訴えつづけ、覚醒を促してきた親鸞会の主張が、どうにか本願寺にも届いたようで、この「新報」の記事は、親鸞会の『どちらがウソか』が発刊されてから、実に17年。それに反論した本願寺の「現代の教学問題」からは、11年の歳月を経てのことでした。

「現代の教学問題」までは頑として譲らなかった、

「本尊は必ず御名号でなければならぬ、と固執はいたしません」

という主張を、ようやくかなぐりすてて、

「親鸞聖人は、み教えの本質にかかわる理由によって、名号を本尊とされたのだ」 と結論づけたのです。

「真宗の本尊は名号なり」

という親鸞聖人の教えを、やっと本願寺も受け入れざるを得なくなったのでしょう。

「本願寺が、やっと親鸞聖人の教えを受け入れる」というのもおかしな話で、

「それまでの本願寺は何だったのだ」と突っ込みを入れたくもなります。

「遅きに失している」といえばその通りなのですが、

それでも、これまでの「現代の教学問題」の邪説を、言葉だけでも翻した点は大きな前進とも言えるでしょう。(ところが、この「再考」ブログは、本願寺自らが捨てた「現代の教学問題」の主張を、切って貼っただけ。問題外ですね)


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